茶室建築
遊興から生まれた茶室
茶室の始まりは室町時代、寺院や貴族の屋敷内にて茶屋と呼ばれ黒木や竹を使用した離れ風の小亭・草庵にて茶の湯と宴会とを組合せ自由勝手に風流を楽しみ遊ぶ仕掛けであったようだ。
黒木とは皮のついた丸太を指し近年まで建築現場などで使用してきた足場丸太あるいは燃料用の薪に使用する間伐材のようなものであったに違いない、とすれば当時の茶屋は丸太や竹で作った季節や景色を楽しむ仮設の庵だったと想像する。
ある程度、経済的に余裕があり社会的にも地位がある人々が遊興にふける人間の性は過去も現代も同じであるようだが往々にして文化とは、このような遊びの中から生まれることも事実であろう。
茶室は「茶の湯」をとおし「数寄・あそび」として「もてなしの心」を表現・創造する空間だ。建築から見る茶室には客をもてなす様々な工夫や知恵、創造の宝庫である。
茶匠が創造した秀作に教示を受け、身の回りにある簡素な素材が秘めた美を時間の経過とともに慈しみ、小さな空間に凝縮された様々な機能性を楽しむことは、現代を暮らす私達にも大きな「導べ(しるべ)」となるに違いない。
基本の四畳半
方丈四畳半の茶室は茶道に求められる機能を完備しており、草庵風茶室の始まりと考えられている銀閣寺東求堂の一室「同仁斎」が四畳半であったこと、また茶道の祖とされる村田珠光、武野紹鴎、千利休ともに四畳半の茶室を基本としており、茶室の歴史や思想と関連付けながら茶道の所作や作法の稽古を行う基本の広さとして定着した。
特に武野紹鴎は茶室の空間的規範を確立したとされ、その四畳半は一間の床間がつき北側の簀子縁から入る書院茶室であり茶の湯の本質を建築的な表現で確立した。紹鴎の弟子、千利休も61歳になるまでこの紹鴎四畳半を写していたという。

「四畳半」といえば、近年では「四畳半神話大系」を思い浮かべるのだろうか。
少々歳を重ねた大人な小生などは、都々逸の「明けの鐘 ごんと鳴るころ 三日月形の 櫛が落ちてる 四畳半」あるいは永井荷風の「四畳半襖の下張り」のように少々、艶っぽい話に目尻を下げ、さだまさしの「精霊流し」や、かぐや姫の「神田川」「赤ちょうちん」など「四畳半フォーク」の切なさを思い浮かべ「あー、自分にもこんな時代があったな」と懐かしく感じるのだが・・・。
四畳半は現代のメートル法でいえば約8.2㎡である、皆さんが利用するであろう郊外型のショッピングモールの駐車場一台分は大凡2.5mx6.0mとすれば約15.0㎡である。基本となる四畳半茶室は駐車場の約半分の面積で小間は更に狭い空間にて侘び寂びの心や茶人の思想、信念を表現し精神性を追求する世界にも類をみない日本独自の奇想天外、奇奇怪怪な建築であるといってよい。
茶室は四畳半を基準として広い席を広間、満たない席を小間と呼ぶ。
建築的な目線で歴史的な小間の茶室をみると、かなり自由な空間であることが伺われるとともに、その個性的な茶室からは作者が小間に込めた思いや心情を表現し機能性や大きさを追求するための試みを読み解くことができるだろう。
謎の三角板畳

例えば国宝の茶室として有名な織田有楽作「如庵」
この茶室には他の茶室では見かけない大きな特徴が2箇所ある。ひとつは床脇に設けた斜めの壁と、その前の三角形の板畳、もう一つは向切り炉の右上隅に中柱を立て、3分の2ほど火燈形にくり抜いた風呂先いっぱいの杉板をはめ込み、さらにその奥には、どのように使ったのか理解し難い半畳の空間が存在する。
なぜ織田有楽は、このような茶室を創造したのか。建築的には空間の広がりとか、動線の確保とかと解釈する向きもあるが、果たしてそうなのだろうか。茶室の機能や構成などではなく時代背景からもっと別の解釈があるのではないのだろうか。
異色な床間

あるいは「苔寺」として有名な京都西方寺の池泉廻遊式庭園の南端、総門近くに千利休の実子、千少庵が建てた「湘南亭」
この茶室は客座と床間に挟まれた位置に点前座があり、厳格な茶道の師匠にこのような茶室の設計図を提案をしたなら「アーた 茶室の知識はございますのっ!このような茶室は茶室ではございませんことよ」と三角目に掛けた三角眼鏡端のキラッと光るダイヤモンドあたりを人差し指で、ツンツン押上げながら一喝されるに違いない。
多くの草庵風茶室は閉鎖的な空間の中に密度の濃い精神性を探求するが、この深四畳の客席は林泉の中に屋根付き広縁を設け、今で言えばウッドデッキとリビングを一体化させ精神を外へと誘う開放的な空間を築いている。
建築の意匠はもちろん使用する素材や寸法、数には必ず意味があると私は強く信じている。ましてや歴史に名を残す非凡な才能を発揮した茶人であれば「ただ なんとなく こんなかたちにしました」などということは決してあるまい。
茶の湯は古く「数寄道」といわれ「皆自己の作意機転にてならいのなき」を極意とし、個性や創意が重んじられた。そうした往年の茶匠たちは侘草庵小間を自由で個性的な表現の場として多様な茶室を探求するがゆえ、微に入り細を穿ち茶室を計画しているに違いない。
数百年にわたり日本に伝わる古典茶室を通し、その狭小の空間に茶の巨匠が込め表現した心を読み解き、その精神性真意に迫りたい。

