表千家歴代家元

表千家の茶室
| 茶室名 |
| 好・作 |
| 年代 |
| 様式|畳・形式 |
| 特徴 |
| 不審庵|ふしんあん |
| 創建:千利休/写し:小庵/改装:江岑 |
| 創建:天正十五年頃(1587)/現再興:大正2年(1913) |
| 草庵式|平三畳台目 |
| 利休の茶座敷を小庵が写し、後に江岑が模様替えをしたとされる不審庵は表千家を象徴する三畳台目の席である。特に片開きの茶道口が風炉先にあることは当席の大きな特徴の一つである。これは小庵の深三畳台目席、また平三畳台目席でも同じ形態であり台目の点前座脇には動作の便をはかる幅15cm程の板敷が付く。るが、作法には大きな違いがあったのではないだろうか。風炉先に茶道口があることは点前後には振り返ることなく、その場で軽く会釈し、そのまま席を立ち去ることができる。これは一見すると客に無礼な振る舞いかもしれない、しかし茶席の余韻を心静かに味わうには心憎い演出だったのではないだろうか。だがこの作法は茶匠利休であったからこそ出来た亭主の作法なのかもしれないとすれば、風炉先の茶道口こそが不審庵の象徴ともいえる。 |
| 残月亭|ざんげつてい |
| 好み:千利休/創建:小庵 |
| 創建:天正十五年頃(1587)/現再興:大正二年(1913) |
| 書院式|二畳上段の間・十畳客座 |
| 原型の書院は御成書院あるいは利休色書院、九の間書院※と呼ばれ利休三畳台目席と一対を成したとされる。書院残月亭としては不審庵とともに少庵が建てたのがはじまりとされ表千家において最も重要視される席である。明治42年(1909)※再興された現在の席は十二畳大の中に落天井で二畳の上段が設けられ、脇には化粧屋根裏の掛込天井で一間幅の付書院が付く二畳がある、この空間は貴人を迎える座敷でも侘茶を旨とし自由奔放な創意工夫によって魅力的な空間をつくり出す利休の意思が伝わる。他の八畳は上段の間手前左側が点前座で四畳半切の炉が付く。基本的には露地より4枚の引違障子より直接入席する書院であるが、西側に附属する榑縁(くれえん:長手方向に板を張った縁)は少庵の時代には四畳の畳縁であった、また付書院が設けられた二畳の化粧屋根裏天井には突上窓が付いていたとされる。 |
| 表千家 祖堂|おもてせんけ そどう |
| 重要文化財|昭和51年(1976)指定 |
| 好:啐啄斎/再興:吸江斎 |
| 再興:寛政元年|1789年 |
| 天明8年、3万7千軒焼失した京都史上最大の火事とされる天明の大火後に吸江斎が再興したと伝わり家元内の茶席でいちばん古く利休像を祀り流祖に茶を献する建物である。祖堂には四畳半大の席「点雪堂」に加え脇床が付く4尺5寸四方の「上段の間」同じく4尺5寸四方で利休像を安置する「利休堂」が南面に並び北側の廊下を挟み西から「反古張の席」「水屋」さらに沐浴場ではないかと思われる大きな水屋が設けられた「三畳間」からなる。先に點雪堂・祀堂があり後に反古張席・水屋・勝手三畳が加えられ現代に伝わる。 |
| 祖堂 点雪堂|てんせつどう |
| 重要文化財|昭和51年(1976)指定 |
| 好:啐啄斎/再興:吸江斎 |
| 再興:寛政元年|1789年 |
| 草庵式|四畳半 |
| 西側から入席する躙口正面の壁には直径三尺七寸の大円窓があり、その中は張壁となり西向きに利休像が祀られている。その前の内法4尺2寸八分四方の上段の間には北側に板床が付き南側には柱幅いっぱいに引違い障子が入る。 席は四畳半大で北側西端の茶道口前が半畳の板畳で客座との境には花頭の給仕口と仕切壁が設け道安囲いとなる。本畳の点前座には四畳半切の炉が切られ北側には道庫を備え、先の壁は上段の間の壁となり下地窓があく。南側の壁と西側の躙口上には下地窓があき、さらに躙口上の天井には突上窓が設けられる。上段の間は明るいが四畳半の席は窓が小さめ静寂の空間を創り出し、さらに利休命日4月21日の15時から16時の頃には突上窓から大円窓に向かい日光が射し込むように計画されたのではないだろうか。 |
| 祖堂 反古張席|ほごばりのせき |
| 重要文化財|昭和51年(1976)指定 |
| 好:啐啄斎/再興:吸江斎 |
| 再興:寛政元年|1789年 |
| 草庵式|二畳台目向板 |
| 祖堂正面北側には北西の二方を袖壁で囲まれた二畳大の土間庇が付き砂利が敷き詰められ、右手の入口は高さ三尺五寸三分の腰高の引違障子が入る貴人口である。席は一畳の客座と台目の点前座前に向切の炉が切られ向板が入り左側の壁には花入釘が打たれ点前座の東側壁には塗回し花頭の茶道口があき水屋へとつながる。壁は全て書き損じた紙や手紙を用いた反古張りになり貴人口正面、茶道口の脇には竹釘が打たれ壁床として見立てられ反古張りの白い壁に季節の花や掛け物が映え美しい空間が演出されたのではないだろうか。壁床の矩に曲がった北側壁には中敷居を入れ上下に下地窓を配し片引きの障子が入る。片流れの天井は総化粧屋根裏にて仕上げ利休や宗旦の好みを受継ぎ、とりわけ簡素でわび切った趣を表現する席であるが、島崎宗乙の古流茶湯之秘書には「二畳の小座敷には八寸の板を中に入れたるは少庵の作なり」「炉先一尺六寸の板を入れたるは利休也。一尺四寸に成りたるは宗旦作也」と書かれているという。反古張の席は今日庵と元は同じく利休の二畳であり、啐啄斎は道庫と中柱を外し壁すべてを反古張りとし、わび切った席に利休二畳と同じく一尺六寸の向板を入れ、さらに躙口は迎える客に相応しい貴人口として西向きとした型で祖堂に再現したのではないだろうか、西向きの貴人口、西向きの点前座であることは迎える客は西方から訪ねて来る利休居士以外には考えられず祖堂には欠かせない席である。 |
| 七畳:啐啄斎七畳|ななじょう:そったくさいななじょう |
| 好:啐啄斎/再興:吸江斎 |
| 寛政元年|1789年以降 |
| 書院式|六畳台目 |
| 表千家では特に席名がなく七畳と呼ばれる席があるが一部には啐啄斎七畳と表記されることもあるようだ。この七畳は啐啄斎の好みで天明大火後、新しい稽古場として残月亭の次の間八畳の西に造営された。席は床脇に台目畳を敷いているので畳でいえば六畳台目の広さとなるが床前には板を敷き、広さ的には七畳となる。六畳敷の東側中央に床を構え左側が壁で右側には台目の脇畳が敷かれているため床の両側に床柱を立て左に赤松の皮付丸太を用い、右側床脇の台目畳との境は下部を吹抜にして不揃いの高さの竹を立てある。正直、写真では木材の種類まで特定できないのだが、個人的には梅であることを願っている。床前の北側一畳が点前座となり脇の茶道口は他の建具より低い引違い襖で茶室であることを印象づけている。 席の南側には入側とも呼ばれる台目四畳の畳縁があり座敷を広げて使うことも出来る。その先が露地で露地の東側には残月亭の榑縁と接する、また席の西側には入側からつながる台目二畳に本畳二畳から構成される「無一物」と称する向切に炉を切った小間があり北側の引違障子の先には水屋が備わる。現在の七畳も啐啄斎時代のたたずまいをほとんどそのまま伝え、啐啄斎が古来の稽古の気分を守るように工夫した座敷として大正十年頃まで長年稽古場として使われていた。また利休の時代より伝わる表千家の茶家、久田家にはこの七畳や入側台目四畳、水屋を、そのまま移した座敷がある。 |
| 九畳|きゅうじょう |
| 再興:吸江斎 |
| 寛政元年|1789年以降 |
| 書院式|八畳台目 |
| 表千家では特に席名がなく七畳と呼ばれる席があるが一部には啐啄斎七畳と表記されること残月亭の北側に四枚の引違襖で仕切られた九畳と呼ばれる席があり、啐啄斎七畳とは四尺五寸幅で2枚建ての襖でつながる。席の北には幅七尺五寸の床が設けられており左脇には台目畳が敷かれ実際には八畳台目席となる。東側には丸炉を備えた三畳の間があり、さらにその先は露地に通じる一間と、不審庵へと通じる二畳の小間2部屋それぞれに引違襖を境として接しており、茶道口の見立てにより一部屋で様々な炉の切り方による点前を習得できるのではないだろうか。 |
| 松風楼|しょうふうろう |
| 好:如心斎|創建:惺斎 |
| 大正十年|1921年 |
| 書院式|主室:八畳 |
| 大正10年(1921)惺斎によって新しい稽古場として玄関の西側に建て増された席。 主室は八畳敷で東側に五畳、南側に台目八畳、西側にはあ四畳の鞘の間(入側)がめぐらされ、北西に三畳の水屋、北側中央に二畳と台目二畳敷の三畳半の間に加え、その東に三畳の配膳室を設けている。主室八畳の北側正面中央には間口一間の床、その左に丸太の床柱が立ち半間の壁となる、右半間に琵琶床を設け矩曲りに一間幅の平書院へとつながる。この床の構成は如心斎が七事式※)のできる広間として好んだ座敷を手本として造られた。床から琵琶台へ一本の落掛を架け大きな削り目を施した溜塗の床框に目をひきつけ西側の南一間には引違襖の茶道口が備わる。鞘の間境の襖を外せば二十五畳の座敷として多数の方々に手前を披露できる造りとなる。 七事式は千家七代の如心斎の時に完成したといわれ、これを行うに適した座敷として如心八畳及び如心花月楼があり、この松風楼はこれらの席をもとに造営されたとされる。 |
| ※)七事式:茶の湯の精神、技術をみがくために制定された稽古法。数茶(かずちゃ)、廻花(まわりばな)、廻炭(まわりずみ)、且坐(さざ)、茶カフキ(ちゃかぶき)、一二三(いちにさん)、花月(かげつ)の七つがある。表千家7代の如心斎が、裏千家8代の一燈宗室や高弟たちと相談して制定した。「七事」は『碧巌録』(臨済宗にて重んぜられる北宋圜悟の書、宗門第一の書とも)にみえる「七事随身」(指導者としてそなえるべき七つの徳)の語にちなむ。(表千家ウェブサイトより引用) |

